現在、東京で武者修行中です。
月に一週間は大阪に帰ってきていますが、最近出番が少ないですよね。
寂しいような、頼もしいような、、、、、僕のことを知らないクライアントも増えてますし泣
とりあえず、東京事務所を軌道に乗せるように頑張らなきゃね。セルボ祭りでお会いしましょう!!
出身地 | 大阪府枚方市 |
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生年月日 | 1978年10月15日 |
出身校 | 同志社香里高校〜同志社大学商学部 |
経歴 | 2003年10月〜2005年12月 日本中央税理士法人 2006年1月〜2012年9月 税理士法人トーマツ |
子供の頃はどんな子供でしたか?
思い起こせば、今とあまり変わっていませんね。
自分の興味のあることにはとことんコダワリますが、自分の中でどうでもいいと思ったことには全く興味をしめさない、ホント可愛げのない子供だったと思います。
また、大人に対してこうすればウケがいいだろうと、予め計算して動くようなずる賢い一面もあったと思います。
なぜ税理士になったんですか?
高校は附属校なのですが、大学の学部選択のときに「商学部」を選んだことが、そもそもの発端だったと思います。
比較的高校の成績はよかったので、どこでも好きな学部を選ぶことができたのですが、学部選択で悶々としていたとある夜、深夜番組で「ラブホテルのコンサルタント」なる人が出ているドキュメント番組を見ました。
そのコンサルタント曰く「自分がコンサルした案件の事業計画と実際の売り上げの誤差は5%以内だ」と自身満々で語っている姿がとてもカッコよくて、自分も将来は何かのコンサルタントになりたいと思い「商学部」を選択したのでした。
(商学部に必要とされる科目の成績がとてもよかったため特別推薦枠の1番で進学が決まったのですが、大学は自分の思い描くようなところではありませんでした。愚痴っぽくなるのでこれくらいで。)
税理士を目指すことになった直接のキッカケは大学に絶望したためですね。
大学2年の秋、希望していたマーケティングのゼミがあったのですが、そこはサークル等の先輩のコネが最重視されるところだったため不合格となってしまい、最終的に行き着いたゼミは不合格者の吹き溜まりとなっていた「東ヨーロッパの経済」になってしまいました。
その後、「もう大学に何を期待してもアカンわ。」と資格受験予備校の大原簿記専門学校に中小企業診断士のパンフレットをもらいに行き、親にWスクールさせてもらえないかお願いしたところ「税理士やったらやってもええ。」と言われました。
親に言われるまでは税理士になるなんて考えていなかったのですが、税理士のガイダンスを受けに入ったら「最近の税理士さんの仕事ではコンサルティングが重視されていますよ。」と言われたのを真に受けて、税理士を目指すことになったのでした。
その後「東ヨーロッパの経済」のゼミには一度も行きませんでしたが、大学4年のときに「会計学」の3年生のゼミに混ぜてもらい、ゼミの単位だけはもらいましたけどね。
税理士を目指すことになったのには、もう一つ理由があります。
実家が農家なのですが、ずっと農業をやっていた祖父がコツコツ僕らに毎年100万円づつ贈与してくれていた銀行口座が相続税の税務調査ですべて否認されてしまい、どでかい相続税を払わされることになってしまいました。
その頃、大学に入ったら親が車(カルマン・ギア)を買ってくれるハズだったんですけど、逆に相続税を払わなあかんからと、しばらく相続貧乏になったのを目の当たりにした経験があります。
自分が両親から相続するときには「ちゃんとせなあかんやろ」と感じたことも税理士を目指すことにした理由です。
大学2年の秋から簿記2級を勉強し、25歳のときに税理士試験に合格しました。
(合格科目:簿記論、財務諸評論、法人税、相続税、消費税)
税理士になってからの挫折は?
税理士になってからの挫折は特に思い当たりませんね。
人生の大きな挫折は大学2年の時にゼミが「東ヨーロッパの経済」になってしまったことと、初めて受験した税理士試験(簿記論、財務諸表論)が不合格だったことですかね。
その挫折からどうやって復活しましたか?
大学のゼミに落ちたことによって、人とか組織とかに頼っていては本当に自分がやりたいことはできないと教えてもらいました。
その経験は今も活きています。結局何でも自分でやるしかないんですよね。
税理士試験の簿記論と財務諸表論に落ちたことによって、徹底的にやり抜くことが大事だと教えてもらいました。
上位3割の合格ボーダーラインを目指すのではなく、徹底的にやらないと成果はついてこないということですね。
税理士受験を通して、もう一つ大事な事を教わったのですが、何でもただ闇雲にやればいいということではなく、結果を出すためには「何が必要なのか?」を絶えず意識しながら、物事を進めていくことが如何に大切かを教わりました。
セルボ・クレールでの夢は?
セルボ・クレールの会社コンセプトでもありますが、「Edgeの利いた事務所」にしていきたいですね。
「Edgeが利いた事務所」って一口で言ってもわかりにくいと思うんですけど、「僕とパートナーの木下が面白いと思うような事務所」というのが、一番イメージに近いと思います。
例えば、自分達が付き合いたいと思うクライアントにだけサービスを提供し、他の会計事務所が手がけないような変わった税務サービスをサービスラインに並べていければいいなと考えています。
(同業者から「あそこは変な事務所」と言ってもらえれば、イッパシかなと思っています。)
「他の会計事務所とは違う、唯一無二の事務所になりたい。」
それが、今の目標です。
本人が気づいていなさそうな癖は?
条文読んでるときとか難しい調べものをしだすと人の話耳にはいってないとこかな(笑)
ここはかなわないという凄いところ
とにかく条文の読み込み方が半端ないです。専門家からしても難しいことを聞いても必ず徹底的に調べて回答してくれます。
難しいことを調べて答えがでたときとか、むしろ楽しそうな感じなので根っからの税理士だと思います。
またトーマツという大手税理士法人にいたこともあって、M&Aや連結納税といった普段なかなかお目にかかれない案件をかなりやってきているので、そのあたりはとてもかないません。
あとなぜか昔からIT関連の知識もすごかったですね。。僕なんかはかなり疎いんで助けてもらってます。
弱点は?
弱点ですか。。。分かりませんね。。教えてほしいです(笑)
秘密をひとつ暴露してください。
今回は一緒に税理士法人としてスタートすることができましたが、開業から一緒にできなくても法人を大きくするうえで絶対彼のようなスペシャリストが必要だと思っていたので、彼も独立してれば合併する、トーマツに残っていれば頭下げてでも合流してもらいたいなとずっと前から勝手に思ってました。
あなたにとって相手はどんな存在?
仕事の得意分野も、仕事へのアプローチの仕方も、人間的な部分も全然違うタイプだと思います(笑)
けど、だからこそ最高のタッグが組めるんじゃないかと思ってます。
実際彼と本当に一緒にやろうと決めたきっかけになったのは、僕が独立してやるからには日本一を目指したいみたいなことを言った時に、「おー、えーやん。」的な(笑)「そら、そやわな。」みたいなこと言われて、なんか器のでかさを感じたんですね(笑)
結構昔からいろんな人にそんなことを言ってたんですけど、ほかの人はみんな鼻で笑うような感じだったんで、正直あの瞬間に「これはイケル!」と思いましたね。